司法は確実に制度疲労を招いている

瀬木比呂志「絶望の裁判所」〈講談社現代新書〉を読んだ。

瀬木氏は、最高裁事務総局民事局付判事補、最高裁調査官を経験された元エリート裁判官である。そのような方が、激しく裁判所、裁判官の実情を批判し、もはや現在のキャリアシステム(司法研修所を修了と同時に判事補として採用し、裁判所内部で裁判官を純粋培養していくシステム)のもとでは裁判所の再生は不可能であり、その変革のために法曹一元制(司法研修所修了者は全員弁護士とし、10年ないし15年経験を積んだ有能な弁護士を判事として採用するシステム)を導入するほかはないと断じるには大きな勇気と決断を必要としたことであろう。

本書は平易に書かれているが、重い課題を提起している。多少とも司法に関心のある方は是非、お読みいただきたい。

私は、今から37年前に、司法研修所を終えて弁護士登録したのであるが、その際に、一般の人向けに「司法研修所で何が行われているか―昭和50年から52年の実情」と題する文章を書いた。長文だが以下にあげた文章がそれである。実務経験もない時期に書いた拙い現状告発だけの一文であるが、これから、本書を読んで見ようと思われる方、あるいは既に読まれた方に、なにがしかの参考になれば幸いである。



「司法研修所で何が行われているか ― 昭和50年から52年の実情」
                  弁護士 深 草   徹

(司法研修所とは?)
司法研修所とは、弁護士、裁判官、検察官を養成する日本で唯一の機関です。司法試験に合格した者は、ここに入り、2年間、弁護士、裁判官、検察官の実務を平等に勉強して、法律家として、それぞれの分野に巣立っていくことになります。
司法研修所による法律家養成制度は、昭和22年に発足しました。それまでは裁判官、検察官になる者と弁護士になる者は別々に養成されていました。そのことが、裁判官、検察官と弁護士との地位に差別を生み、弁護士は裁判官、検察官の後塵を拝することとなる一因となっていましたし、ひいては弁護士による人権を守る活動に支障をもたらしていました。
そうした歴史をふまえて、司法研修所は、弁護士、裁判官、検察官の三者を、統一、公正、平等に養成することを眼目として発足したのです。ですから統一、公正、平等こそが司法研修所のあるべき姿です。
昭和29年に作成された司法修習生指導要綱の冒頭には「司法修習生の修習については、すでに修得した学識の深化及びその実務への応用とともに一般教養を重視し、もって法曹たるにふさわしい品位と能力を備え、かつその社会的使命を自覚させるように指導しなければならない」と修習の基本的なあり方が謳われています。法律家の職務は、国民の基本的人権に影響するところが大きいので、その使命を自覚させ、広い視野と豊かな識見を持つように指導、養成しなければならないとされているのです。
そのためには、修習生の自主性を尊重し、のびのびと修習できるようにすることが最も大切なことです。

(希望に胸ふくらませて入所したけれど・・・)
昭和50年4月、私たちは、さまざまな抱負と期待をもって司法研修所の門をくぐりました。しかし、そこで待ち受けていた修習生活は、私たちの期待を裏切り、重苦しく、陰鬱なものでした。

事務局長(司法研修所のナンバー・ツー)は、私たちの入所直後の訓話で、酔っ払ってアイスクリームを盗ったという事件など過去にあったいくつかの事例をとりあげて「こういう場合は罷免だ」とこともなく言い放ちました。私たちは、いきなり頭をガツンと殴られたようなショックを受けました。このあと修習生の間では、「罷免」という言葉が流行語になりましたが、そう言い合うことで重圧から逃れようとしたのでしょう。

寮で自分の部屋の前に貼り紙したらその日のうちに事務局長から呼び出されて注意を受けた、教官が自宅に招いた修習生にクラスの青法協会員の数・氏名を聞いた、教官が特定の修習生の動静を聞いた等々、修習生の日常生活は研修所当局の監視体制の下に置かれていることを示すできごとが相次ぎました。

司法研修所の施設使用についても庁舎管理権による厳しい制約がありました。講義終了後に、少し残って話し合っていると「集会だから教室使用願いを出せ」といわれたたり、寮では「左がかった印刷物の印刷は許可しない」という発言が公然となされたりしました。

(起案、起案と追い立てられて)
修習生活を重苦しくしているもう一つの原因は過密な起案中心の技術教育です。起案というのは、通常、白表紙と呼ばれる過去の事件に題材をとった記録に基づいて、判決などの裁判書面を実際に書くことです。

技術を身につけることは法律家として当たり前のことですから、起案それ自体の必要性は認められます。しかし、司法研修所における教育をそれだけに限定することは、先の司法修習生指導要綱の冒頭の一文で明らかにされた修習の基本的あり方に沿うものとは言えません。

本当に国民の役に立つ法律家になるためには、社会の実情を勉強しなければなりません。一つ一つの裁判が、どういう社会的背景に基づいて提起されているのか、そのことがわからなければ本当に正しい解決などできるものではありません。そういう意味で、修習生が自主的に、社会の実情を勉強する機会を持つことは非常に大切なことです。

また修習生もさまざまな人間的要求を持つことは認められなければなりません。たとえば、ちょっと旅行したり、たまには赤提灯で一杯やったりして気晴らししたい。友人の結婚式に出席してお祝いの言葉の一つでも言ってあげたい。

しかし、私たちにはそういうこともままならぬような起案ラッシュが続きました。まじめに起案に取り組めば、提出日の明け方5時、6時までかかることはザラです。その日の講義は、出席してもまともに聞けない状態です。

(まかりとおる教官の暴言)
昭和51年4月から6月にかけて私たちの一期下の30期修習生に対してなされた教官らの一連の女性差別発言は、マスコミでも大きく取り上げられ、司法研修所内の人権無視、憲法無視の実態の一部が明かされ、国民の顰蹙を買いました。

「男が生命をかける司法界に女の進出を許してなるものかというのが自分の信念だ。」とうそぶく教官。たまりかねて修習生が反論したら「そういう考えをもつ修習生はいじめてやる」と食ってかかる。「勉強好きの女性は好きではない。勉強好きの女性は議論好きで理屈っぽいので嫌いだ。」「女子修習生は研修所が終わったら、家庭に入って2年間で得た能力をくさらせるのが女として最も幸福だ。2年間終わったら、結婚して家庭に入ってしまいなさい。」「女性が裁判官になることは、生理休暇などで周囲に迷惑をかけることになるので好ましくない。弁護士になるとしても迷惑をかけることは同じだ。」等々。

これらの暴言はたまたま表に出てきたに過ぎません。氷山の一角というのが実感です。修習生がさまざまな締め付けでおとなしくしていることをよいことに、これが教官の言うことかと疑われるような暴言はあとを絶ちません。

「一人の無辜をも罰してはならないという法格言があるが、一人の有罪者も逃がしてはならないぞという心構えも大切だ。」「人一人殺したら死刑になっても当然だ。事件を起して逃げのびようとする魂胆に問題がある。」「修習生の中には判例に逆らうのを趣味にしている者がいるが、このような者は落第する。判決起案は必ず判例に従って書くように。」「公害、公害というが公害で一番金をもうけたのは弁護士だ。」「弁護士の客は企業だから、企業を守る立場でものを考えるべきだ。」「朝鮮人の事件は受任しない方がいい。」等々々。

(「修習生心得」)
司法研修所は、これだけ修習生を締め付け、押さえつけてもまだ足りないと考えたのか、昭和51年4月から6月にかけて、「修習生心得」というパンフレットを全修習生に配布しました。平均年齢が28歳くらいの修習生に対し配布する文書の表題が「心得」などとまるで小学生に教え諭すような文言が使われているのはご愛嬌として、早速その内容を見ていくこととします。

第一章は「司法修習生の身分」と題されています。この中で「法律家を法の支配の担い手」と持ち上げてエリート意識をくすぐり、「修習生は法の支配の担い手となるように修習に専念すべき義務を負う」とわき目もふらずに、前に述べたような過密な技術主義的内容の修習に専念すべきことを求め、「規律保持の面においても、法の支配の担い手に要請される厳しさ」を説教しているのです。

そもそも「法の支配の担い手」というのがマヤカシものです。「法の支配」とは、基本的人権を定めた憲法に従って政治を行うことを意味しています。「法の支配」を確立し、権力の乱用を抑えるのは国民です。ですから「法の支配の担い手」というのは国民にほかなりません。どうやら司法研修所は、修習生に対し、「法の」を抜いた「支配の担い手」になることを求めているようです。

またこの中には、修習生に書かせている日誌から、次の一文が引用されています。

「我が身を振り返って自己が最善をなしているのか、与えられたものに感謝しているのか。・・・自らに対しては社会の指導者になるのなら厳しくあらねばならない。・・・日本人が伝統的な道徳や義務の観念を捨て去り、欧米的になるのなら日本の存在価値がなくなる。」

修習生がどういう考え方を持とうとそれは自由です。しかし、司法研修所が特定の修習生の考えを模範として取り上げ、他の修習生に押し付けるようなことはするべきではなりません。それはともかくとして上記に引用された一文は、司法研修所が好む思想とはどんなものか露骨に示しており、興味があります。

第二章は「規律の保持」という題がついています。「司法修習生には休暇の概念がない。」「友人の結婚式への参列は(休むことの)正当理由とはならない。」「旅行しようとするときは、(休日であっても)監督権者の許可を受けなければならない。」等、修習生の自由、人権を制約するさまざまな規制が書かれています。

第三章では、「修習生の心構え」です。ここでは、「(修習生には)基本型を徹底的に理解させることに主眼が置かれている」と述べ、ある修習生が書いた文章を悪しき例として取り上げて、誤字、脱字の類をあげつらっています。基本型の修得とはなんと瑣末なことなのかとうんざりします。

第四章は「エチケット」です。この部分はマスコミでも取り上げられて有名になった箇所です。
「ノーネクタイはだめ。」環境庁の石原さんもビックリです。
「長髪やひげはだめ。」現代の若者のスタイルはどうにも我慢ならないようです。
教官宅訪問時には「手土産を持参するのは当然。」賄賂要求かと評判になりました。

(職安活動に狂奔する教官)
教官はめぼしをつけた修習生に対して、個別的に任官勧誘に奔走します。修習生が実務地に配属された後も、なんだかんだと名目をつけて出張し、わざわざ実務地に訪ね、酒食の供応をして勧誘をするなど、その強引さにはあきれるばかりです。しかし、勧誘を受けた当の修習生はあきれているわけにもいかず、ことは深刻です。へたに断ろうものなら、そのリアクションがこわいので、一応口づらあわせをしたものの、さてどうしたものかと悩むのです。
あまり任官志望者が多くないクラスでは、教官が任官勧誘に熱を入れすぎて、講義をなおざりにするという現象も生じて、修習生が、このままで大丈夫だろうかと不安をもつところもありました。
そうかと思うと、青法協会員、多少年齢のいった人や女性が裁判官任官志望すると、肩たたきといってやめさせようと説得する例も出ています。

所長と修習生代表との話し合いの席で、修習生側が、こういう任官勧誘の事実を指摘すると、所長は「先輩が後輩にこういう方面に向いていると助言することはありがたいことだ。親心だ。」などと言って平然としています。しかし、これはとんでもない親心です。
こういうことによって、修習生が、弁護、裁判、検察のそれぞれの実務をまんべんなく修習することが妨げられ、修習生の間に分断が持ち込まれているのです。つまり、最初に述べた統一、公正、平等の修習という司法研修所のあるべき姿に反することを教官たちは平然とやっているわけです。

(鬱積する修習生の不満)
ではこうした研修所の実情に対し、修習生は一体どう考え、感じているのでしょうか。クラス委員連絡会が実施したアンケートに書かれた生の声を拾ってみましょう。

・常に起案を背負った休日になるように仕組まれている。完全に休める日が必要だ。
・これでは自主的な精神をもった法律家は育つまい。
・きついスケジュールは自主的な活動への締め付けだ。
・自由時間が欲しい。
・しらずしらずのうちに人権感覚や人間性が眠り込まされ、上に従順、下にエリート意識を持った人間になるようだ。
・一見、紳士的に取り扱っているように見えるが、その実は子供扱いである。常に罷免という伝家の宝刀をちらつかせて我々をおどしつけて秩序を保とうとしている。
・断片的な知識をやみくもに詰め込まれた感じ。じっくり考える時間が足りない。
・萎縮したまま前期が終わった感じ。起案が遅れないよう、遅刻しないよう、寮に無断宿泊が発覚しないように・・・。疲れた。教官がこと細かに修習生の情報を持っているのに驚いた。
・表現の自由がない。
・修習生の私生活にあまり干渉するな。
・修習生の健康管理にもっと考慮を払って欲しい。
・研修所は犬の訓練所のようだ。法曹の教育の場とは言えない。表現の自由、幸福追求の権利を無視している。
・修習生の自治を認めよ。
・弁護修習が迫害されている。民事裁判は細かい法律論にたっぷり時間をかけ、弁護は基本的な問題を走りながらやっているという感じ。

あげればきりがないのでこの程度にしますが、要するに司法研修所には自由がない、本当に国民の役に立つような教育が行われていない、過密なスケジュールで健康が無視されているという趣旨の不満が圧倒的に多いのです。

(修了式は修習生が騒ぐといけないからやらない!)
お茶や生け花の公衆でも始めと終わりはなんらかの形でけじめをつけるものです。学校であれば、勿論、入学式と卒業式が行われます。しかし、司法研修所では、開始式はあっても修了式は行われていません。こういう異常事態について司法研修所側はどのように説明しているのでしょうか。

昭和52年2月12日に、修習生代表(クラス委員連絡会)と所長との間で話し合いがもたれました。その際に、所長は「皆さん方のそのときの心理というのが集団的に特別な状態になり、先生方に失礼な言動をするチャンスが多くなる。衝動的な行動で教官に失礼なことがあったりしてはいけない。」と修了式をやらない理由を説明しました。つまり、皆が集まる機会をつくれば、集団心理に駆られ、まかり間違えば大騒ぎになるというのです。全く修習生をバカにした話しではないでしょうか。権力者は、デモや集会を規制する理由として、「暴徒と化す危険」なる理屈を持ち出しますが、それと全く同じなのです。

そもそもこの問題の発端は昭和46年に遡ります。この年度には、7名もの大量の裁判官任官拒否が行われ、修習生のみならず、マスコミにも大きく取り上げられて全国民的規模で大きな抗議行動が展開されました。修了式において、当時、クラス委員連絡会の代表であった阪口徳雄氏が、同委員会の意思に基づき所長に許可を得た上で、裁判官大量任官拒否の説明を求めるべく発言しようとしたのです。そこに事務当局者が割って入ってそれを制止しました。こういうほんの小さなトラブルが発生したのです。ところがなんと阪口氏は、一方的にその責任をとらされ、罷免されてしまったのです。

その翌年、つまり昭和47年から、司法研修所はトラブルを避けるとの名目で全体修了式を廃止し、クラス別の修了式に切り替えてしまいました。
ところがそれさえも昭和51年から廃止されてしまいました。その結果、裁判官任官者は最高裁へ、検察官任官者は法務省へ、弁護士登録予定者は司法研修所と、それぞれ別々に修了証書を受け取りに行くといく歪な形になってしまったのです。後で見るように、昭和51年から、大量落第者が出されるようになりましたが、そのことと無関係ではないようです。司法研修所は、大量落第者を出す布石として修了式を全面的に廃止してしまったのです。
同じ釜の飯を食った同期の桜が、弁護士、裁判官、検察官のいずれの道を進もうとも、最後、一つ箇所に集まり、修了証書を受け取り、今後の健闘を誓い合うという素朴かつ健全な願いをあえて切り捨てたところに今日の司法研修所のたどりついた姿があるといってよいでしょう。

(落第と追試)

下の表を見て下さい。

   年 度   昭和46  47  48  49  50  51  52 
   落第者      0   1   0   0   1   5   7 

昭和51年、52年と落第者が激増しています。このことはなにも昭和51年度、昭和52年度に修習修了した修習生の出来が悪かったことを意味するものではなりません。
実は、落第者について、従来は、1年間修習期間が延長されたのですが、昭和51年度からは当該年度の6月に追試がなされ、修了させる扱いをすることになりました。ある教官に何故こういうことにしたのか聞いていみたら、1年間かかるところを修習生のためを思って2ヶ月に短縮したのだと答えました。しかし、真意はそんなところにあるわけではありません。

そもそも6月などという中途半端な時期に司法研修所を修了しても当該修習生にとってはなんのためにもなりません。任官希望者は任官の道を閉ざされ、弁護士事務所が決まっていた者はご破算となってしまい、狭い弁護士世界では一生落第者であったことがついてまわり肩身の狭い思いをすることになるのです。
敢えて司法研修所が6月追試をすることになったのは大量落第を出すとの政策に転換したからであることは見えすいたことです。それはどういうことかと言うと、1年間延ばすのであれば、給料を1年分出さなければなりませんが、2ヶ月延期であれば給料はその六分の一で済むわけです。つまり従来一人の落第者を出すのにかかったのと同じ費用で6人の落第者を出せるようになったのです。
ところでこの落第者というのは、本当に法律家になるのにふさわしい力を持っていないのでしょうから。司法研修所側は、箸にも棒にもかからない人だけ落第にするのだと言っていますが、それは本当なのでしょか。今年度落第になった7人についてクラスの多くの証言を集めてみましたが、決してそうではありません。以下に示すのはその証言の一部です。

S君 まじめで講義中よく意見を発表する。まさか落ちるとは信じられない。
K君 まじめに努力していた。起案の講評の評価はいつも非常によかった。
O君 長く大蔵省と勤めていた人手、弁護士としてすぐにでもやっていける。実務修習中には弁護士のかわりに相談を受けたこともある。
A君 クラスのまとめ役で人望が厚かった。成績もクラスで中位と見られていた。意外だ。
N君 成績は中以上。みんな意外だと言っている。
o君 前期クラス委員をやっていた。後期はやりすぎといわれるくらい、よく勉強していた。この落第は成績によるものではない。
n君 誤報ではないかと思った。

ざっと以上のとおりです。どうやら司法研修所側が言うような箸も棒にもかからないような人たちが落第させられているのではなさそうです。それでは何故落第をさせているのでしょうか。それはみせしめとするためです。修習生を司法研修所の組んだカリキュラムのみに縛りつけ、2回試験(修了試験)にのみ目を向けさせ、自主的な研究活動をやらせないようにする、それにはなんらかの目に見える威嚇が必要である、というわけです。
ついでながら修習修了の可否の判定の仕方も見ておきましょう。2年間の修習の仕上げとして、毎年2月下旬から3月上旬の約2週間、2回試験(修了試験)が行われます。筆記試験は、民事裁判、刑事裁判、検察、民事弁護、刑事弁護、一般教養の6課目について、試験日には一日8時間カンヅメの状態(食事も試験を受けながらとる)で行われます。これは体力試験という異名もとっており、医者と看護婦も待機している中で行われる異常なものです。ですから、そもそもこんな試験だけで、法律実務家としての資格の有無を判定されたのではたまったものではありません。実際、日常の成績や修習態度なども合否判定資料とされ、総合的に合否判定をする取り扱いでした。ところが、今年からはこの試験で一課目でも不可があったら落第することに取り扱いが変更されてしまったのです。
合否判定は、従来のように法律実務家としての実力を総合的になされるべきことでしょう。その際には実務修習を指導した担当者の意見が重視されるべきです。異常な体力試験といわれるたった1回のペーパー試験の結果で判定ことは大きな誤りです。

(またまた裁判官任官拒否)
今年もまた最高裁は任官拒否を強行しました。下の表を見て下さい。

 年    度 昭和45 46 47 48 49 50 51 52
 拒否された者    2  7  3  2  2  4  3  3
 内青法協会員    2  6  2  2  0  2  3  1

昭和45年にはじめて任官拒否がなされるようになってから、毎年連続しており、累計すると28名、そのうち青法協会員が18名に及んでいます。

今年度拒否されたT君は、青法協会員で、入所前から積極的に自主的な研究会活動に参加していました。成績は誰の目から見ても抜群によく、人格的にも申し分ない人でした。まさに裁判官適確者として文句のつけようのない人です。ところが今年1月ころ、「彼は目が悪いから任官志望を取り下げた」といううわさがある教官から流されました。本人に確認すると多少近眼だが眼鏡をかければなんともないとのことで、全く根も葉もない嘘だと言っていました。そのほか昨年12月にある教官に呼び出され、たまたま奇矯な行動をとがめられた鬼頭判事補の配属部で修習したことから鬼頭問題を取り上げられ、裁判官には「公正らしさ」が必要だとして、青法協に所属していることは「公正らしさ」という点から見てどうかと問いかけられ、暗に青法協脱会を迫られたことがありました。また同じクラスに青法協29期修習生部会の議長をした人がいたのですが、彼とはつきあうなとも言われています。

最高裁はT君の任官拒否の理由を明らかにしていませんが、青法協を脱会しなかったことが唯一の理由であることは明らかです。T君以外の2名についても一切理由は明示されていません。彼らの一名S君は、どうしても納得がいかないので教官宅へ何度も電話しましたが、教官本人は応対せず、奥さんに代返させるばかりで、取り付く島もなかったそうです。

(裁判所はどうなるか)
司法研修所がそのあるべき姿から大きくはずれ、当初の理念とかけ離れた修習を行っていることは以上に見たところから明らかになったでしょう。私が敢えて司法研修所の実態を広く知っていただこうとしたのは、それが国民生活とかけ離れたところで起こっている問題ではなく、もろに国民が被害を受ける結果をもたらすと考えるからです。下の表を見て下さい。
 
 労働事件労働者側勝訴率(東京地裁)

  年度  昭和42  43  44  45  46  47  48  49  50
  %   67.8  60.0   50.0 52.9  40.9 39.1 31.2  30.0 33.3

 昭和46年というのは宮本判事補が再任拒否され、上記のとおり7名もの大量任官拒否がなされ、阪口修習生が罷免された年です。その年度から東京地裁における労働事件労働者側勝訴率が急落していることがわかります。
 また特に最近は、労働事件だけではなく一般刑事事件、一般民事事件でも裁判官の訴訟指揮が硬直化・強権化し、当事者の言い分に十分に耳を傾けないで、迅速処理の掛け声のみが空しく響くようになってきたと言われています。また裁判官は、判決でも、判例や先例を絶対化し、形式的整合性のみを追及するようになってきたと言われています。
 司法研修所で起こっていることは、裁判所内部に確実に反映し、納得せぬままに刑に処せられる被告人、必至の思いで裁判所に救済を求めているのにそれにまともに答えようとせず木で鼻をくくったような判決を下される民事事件の当事者に被害が及んでいるのです。
 一人でも多くの方が、司法研修所の現状を知り、その変革に立ち向かって頂くことを強く訴えるものです。以上

                                     (了)
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No title

女子に陰茎を見せ付けるような卑猥な人間を法曹界に置いてはならない
あらゆる企業は大貫俊介の採用を拒否する義務がある
あらゆる法律事務所は大貫俊介の採用を拒否する義務がある
大貫俊介を神聖な法律を扱う事務所においてはならない
大貫俊介を採用する企業はセクハラや性犯罪を容認する企業・組織として弾劾を受ける
性犯罪者を法曹界から排除せよ

http://www.geocities.jp/kazunakamat/index.html

No title

《司法修習生の不祥事告発》
70期千葉修習生の不祥事発覚
70期千葉司法修習生の森駿輝さんが
平成29年4月14日の検察修習中早退して合コンに行くという不祥事が発覚
虚偽の理由で修習をサボり合コンに行ったとすれば公務員である修習生の修習専念義務に反する重大な不祥事だ
修習には多額の税金が使われていることを自覚していただきたい

《事実関係》
森駿輝さんは
①家から体温計を持参していた。
②体温計を擦って高い体温が検出されるように小細工したところを目撃されている。
③早退をしたのは午後1時頃、その日に合コンに行った。

《仮病の疑い》
・わざわざ体温計を持ってきている。
・体温計を擦っていた。
・体調不良ならば早退した直後に補充人員を探させるはずなのにしていない。
・まるで合コンに合わせるように体調が回復している。
などの不審な点から仮病である蓋然性は高いと言わざるを得ない
プロフィール

Author:深草 徹
1977年4月、弁護士登録。2013年4月、セミリタイアして4年。歳を重ねましたが、「これからも、社会正義の話を、青臭く、続けよう」と思います。

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