「刑事司法改革法案」に異議あり (その4)

 刑事司法改革法案の内容を項目のみ再掲します。

① 取調べの録音・録画制度の導入
② 捜査・公判協力型協議合意制度及び刑事免責制度の導入
③ 通信傍受(盗聴)の合理化・効率化
④ 身柄拘束に関する判断の在り方についての規定の新設
⑤ 弁護人による援助の充実化
⑥ 証拠開示制度の拡充
⑦ 犯罪被害者及び証人を保護するための方策の拡充
⑧ 公判廷に顕出される証拠が真正なものであることを担保するための方策等
⑨ 自白事件の簡易迅速な処理のための方策

(どこが問題か)

 私は、上記のうち、うち①、④、⑤、⑥は改革であり、②、③、⑦ははっきりした反改革だと考えます。⑧、⑨もどちらかというと反改革です。
 ⑤において、勾留段階では全て国選弁護人を選任することができることとしたのは、日弁連・単位弁護士会・弁護士が永年取り組んできた刑事弁護の充実のための実践活動が実を結びつつあるものと評価することができます。日弁連・単位弁護士会及び弁護士は、永年にわたり、手弁当で当番弁護士制度(各弁護士会が身柄拘束された全被疑者に申し出に基づき、弁護人を1回、無料で派遣する制度)を実践してきました。その上にたって、法定刑が死刑又は無期若しくは長期3年を越える懲役若しくは禁錮に当たる事件の被疑者について、勾留段階で国選弁護人を付する制度が実現されました。またそれ以外の事件については、申し出あれば「刑事被疑者弁護援助」として、一定の資力基準を満たし、弁護士による援助の必要性・相当性が認められた被疑者について、法テラスが弁護士費用を立て替える制度も実現しています(日弁連の法テラス=日本司法支援センターに対する委託事業。費用は日弁連が拠出)。勾留段階の全被疑者に国選弁護人を付することになれば、それは大きな前進であることは間違いありません。

 しかし、以下述べるにように改革は、質量ともに反改革に圧倒されており、しかもその反改革は耐えがたいほどに我が国の刑事司法に歪をもたらすものだといわざるを得ません。私は、三点にわたって具体的に問題点を指摘したいと思います。

 第一は、①に関することです。刑事司法改革の要をなすべき取調べ可視化(録音・録画)は惨憺たるものです。その対象事件は統計によると全事件のおよそ3パーセントに過ぎません。村木事件は検察単独捜査事件でしたから録音・録画の対象になりえますが、警察をかませることにより潜脱することもできます。志布志事件や全く身に覚えのない人が虚偽の自白により有罪判決を受けたパソコン遠隔操作冤罪事件、多くの冤罪事件を生み出している痴漢事件は対象になりません。さらに、たとえば「記録したならば被疑者が十分な供述をすることができないとき」などのように捜査官の不確かな判断によって記録されない場合や暴力団の構成員が係っている場合には関連事件全部について記録をしないことなど例外事由が定められており、運用次第では録音・録画がなされないことが広げられてしまい、尻抜けのザル法になってしまうおそれがあります。公判において、被告人の捜査段階における供述調書の任意性が争いになったとき、録音・録画対象事件では検察官はその記録に基づいて任意性を立証しなければならないという規定がなされ、それによって録音・録画を励行させる担保としているのですが、裁判所は、場合によっては、記録がないときでも職権で当該供述調書を採用できるという運用がなされる余地があることも重大問題です。被疑者の取調べに限定し、参考人の取調べは対象とされていないことも疑問があります。そもそも法案には、何故、取調べを可視化(録音・録画)しなければならないのかを深く考え、刑事司法の歪みを正すという確固たる思想がありません。
 特別部会では、既に述べたように、改革勢力は、対象事件の範囲は限定されても、ともかく取調べの全過程にわたり実施させるということで押し、将来の確かな発展へつながる第一歩を確保しようとの考えのもとに対応したのでしょうが、そのような考えからも果たしてこれを受け入れるべきであったかどうかさらに熟慮の余地があったのではないでしょうか。

 第二は、②に関することです。正式には「捜査・公判協力型協議合意制度及び刑事免責制度」といいますが、一般には、司法取引とも呼ばれています。これは、有罪を認めることにより罪を軽くしてもらう「アメリカ版型司法取引」とは全く異なります。「日本版司法取引」は、他人の犯罪に関して供述する、あるいは証言することにおいて、当該供述者もしくは証人の事件について有利な取り扱いを受け、或いは免責を得たりするというものです。他人の犯罪に関して供述することにより有利な取り扱いを受けるということは、実は、現在もヤミ取引として行われています。最近の例でいえば、2015年3月5日に名古屋地裁で無罪判決が言い渡された岐阜県美濃加茂市長冤罪事件が記憶に新しいところですが、村木氏の事件でもそのようなヤミ取引がなされた疑いがあります。  過去に幾多の冤罪事件において、ヤミ取引により作られた供述や証言が、誤判の一つの原因にさえなっています。本法案において採用されている「日本版司法取引」は、これをヤミの世界から、表の世界に引き出し、正規の取引に格上げしようとするものです。「日本版司法取引」は、正規の手続に組み入れ、虚偽供述を防止するために、「虚偽供述罪」を新設し、或いは証言の場合には宣誓と偽証罪の威嚇によって、真正の供述、証言を確保できると言われていますが、このようなこと素直に受け入れるわけにはいきません。冤罪事件の歴史をひもとくと、虚偽供述を強要してきたのは警察・検察でした。また偽証がなされても検察の有罪立証に沿うものが立件され、処罰された事例を私は知りません。この制度は、「供述、証言買収型司法取引」だと言ってもいいでしょう。これの導入により、警察、検察の捜査や検察の公判対策には便利で使い勝手がいいオプションがもたらされるかもしれませんが、それは結局、堂々と冤罪を生み出していくことになりかねません。

 第三は、③に関することです。通信傍受(盗聴)制度は、2000年8月施行された通信傍受法により導入されましたが、通信の秘密・プライバシーの侵害であり、憲法違反だとして、日弁連をはじめ大きな反対の声に押され、対象犯罪を上記のとおり4類型に絞り、しかも令状主義による厳しい手続的制約を課するなど、極めて限定的な制度とすることによりようやく同法は成立を見たのでした。施行後、実際には警察・検察からは、非常に利用しにくいものであるとの不満が出され、対象犯罪拡大・手続的制約を緩和するための法改正の機会が虎視眈々狙われてきました。
 しかし、通信傍受(盗聴)は、市民生活の隅々にまで犯罪捜査の網の目を張り巡らすものであり、健全な市民社会を閉塞させてしまいます。特定秘密保護法、共謀罪創設と並んで、通信傍受(盗聴)は、自由社会を根底から覆す三種の神器と言っていいでしょう。従って、警察・検察も、単独で通信傍受(盗聴)の拡大と緩和をし、彼らにとって使い勝手のいいものに改めるには、日弁連の反対や国民の大きな反対にあうことは必定で、おいそれとはその狙いを持ち出すことができないできました。警察・検察にとっては、検察犯罪による轟々たる非難の嵐の中で、刑事司法改革の試みが始まったことはまさに僥倖でした。彼らは、日弁連が長きにわたり訴え続けてきた刑事司法改革への提言のうち上記の如き僅かな譲歩をする見返りにと言おうか、あるいはドサクサまぎれにと言おうか、かねての狙いをもぐりこませて来たのです。
 もう一度、前回に書いた③の内容を見て下さい。「現住建造物放火・同未遂、殺人・同未遂、傷害・傷害致死、逮捕監禁・同致傷、未成年者略取誘拐をはじめとする誘拐関連事犯、窃盗・強盗・強盗致傷及びこれらの未遂、詐欺・恐喝等及びその未遂、爆発物取締罰則所定の爆発物使用・同未遂、児童買春・児童ポルノ法違反など犯罪のうち一定の組織性をもって遂行される場合」へと対象犯罪を飛躍的に拡大しているではありませんか。「自動的に通信傍受(盗聴)を記録し、再生することができる装置(「特定装置」)を用いて、記録、再生、廃棄についての簡便な手法を導入する」として、厳密な令状主義による制約を潜脱することになっているではありませんか。通信傍受(盗聴)については、通信傍受法施行前の最高裁判所平成11年12月16日第三小法廷決定において、検証許可状により実施された電話傍受の適法性に関し、「重大な犯罪に係る被疑事件」に限定してこれを認めています。しかし、本法案は、けっして「重大な犯罪」とは言い難い犯罪をも対象とすることができるようにしています。反改革勢力は、火事場ドロボウ、まさに転んでもただでは起きない、の類です。

(国会審議に望むことなど)

 法制審議会「新時代の刑事司法特別部会」では、答申採択には一括採択と全員一致の枠をはめられてしまいました。そのため改革勢力は、一歩でも刑事司法改革を前進させ、確かな足がかりを確保するとの考えのもとに、答申案に賛成しました。それはまずい饅頭ではあるが背に腹はかえられないとの思いであったのでしょう。改革勢力の委員らは大変な努力されたわけですから、安易に批判をするのは慎まなければならないかもしれません。ただ敢えて言えば、私は、答申案は、まずい饅頭だが我慢して食べることができるようなものではなく、とんでもない毒饅頭であったと思います。まずくても食べれば空腹を充たし、栄養となるなどというのは甘かったのではないかと思います。

 さて本法案はとにかく国会に上程され、審議がなされています。5月19日の衆院本会議では、野党議員の意見、質疑では、私が指摘した三つの問題点、即ち通信傍受(盗聴)の拡大・緩和、日本版司法取引制度の導入、余りにも現状糊塗的な取調べ可視化(録音・録画)についてはっきりと異議が述べられています。
6月4日には、民主党、維新の党、日本共産党の議員らが、院内で、村木厚子氏を招いて合同勉強会を行っています。国会議員らは、本法案の審議において、特別部会のような一括賛成でなければならないとの制約はありませんし、勿論、全員一致でなければならないということもありません。私が、指摘した問題点だけではなく、その他の問題点についても慎重の上にも慎重に検討し、審議を尽くし、修正して前進を図るように尽力して欲しいと思います。そしてどうしても前進が図られないときには、本法案に断固反対するという対応も迫られるかもしれません。

 いまだマスコミも本法案に注目していません。たとえば朝日新聞が5月20日付けの社説で、取調べ可視化(録音・録画)が不十分であるとし、「通信傍受の拡大や司法取引の導入など、人権やプライバシーとの関係で疑念がある内容も含まれている」との指摘をして、「国会論議で前進をはかれ」と呼びかけていますが、まだまだマスコミの関心は低いと言わねばなりません。
国民にとってもそうでしょう。刑事司法改革は、地味な分野です。その上、世はまさに「戦争法案」をめぐって沸騰しています。それでも私たち国民は、本法案審議をこれまで以上に注視し、個別の論点について声をあげ、意見を集約していかなければなりません。冤罪根絶のために。冤罪を根絶することなくして公正な社会はありません。
                                  (了)

「刑事司法改革法案」に異議あり (その3)


 法制審議会「新時代の刑事司法特別部会」(「特別部会」)は、2014年7月9日、答申案「新たな刑事司法制度の構築についての調査審議の結果〔案〕(最終的なとりまとめ)」を全員一致で採択しました。しかし、この全員一致は、前回述べたように、あらかじめ定められた答申案一括採択と全員一致での採択という枠組みにより、無理やり作りだされたものですから、この答申案の価値を高めるものではありません。
 その後、同年9月18日、上記答申案は、法制審議会において、これもまた全員一致により採択され、正式に法務大臣への答申として確定、提出されました。答申には、「要綱(骨子)」が別紙として添付され、本文で審議の経過と別紙の「要綱(骨子)」の内容が摘記されています。刑事司法改革法案は、この別紙「要綱(骨子)」に従い、法文化され、本年3月13日、閣議決定されて、今国会に提出されたのです。

(法案の内容)

 法案の内容を、ポイントだけ摘記して紹介します。それは以下の如くです。わかりにくいかもしれませんが、次回に論評する中で、少しはイメージをつかんでいただけるようにしたいと思います。

① 取調べの録音・録画制度の導入

 対象事件を裁判員裁判対象事件、検察独自捜査事件(いずれも身柄拘束がなされた場合のみ)に絞りこみ、原則として取調べの全過程をカバーするが、一定の例外事由にあたる場合には録音・録画しないことも認められる。

② 捜査・公判協力型協議合意制度及び刑事免責制度の導入

・ 被疑者・被告人が他人の犯罪事実(対象事件は、経済財政関係犯罪及び薬物銃器犯罪であり、具体的にその範囲が別記されている。実際には相当広い範囲に及んでいる。)についての知識を有する場合に、検察官は、当該被疑者・被告人との間で、その弁護人の同意のもとに、当該他人の事件について供述もしくは証拠物の提出を得、その見返りとして公訴を提起しないこと(起訴しないこと)、公訴提起済みの場合には公訴を取り消すことなど被疑者・被告人に対する有利な取り扱いをすることを協議し、合意することができる(合意に至った場合にはその内容を被疑者・被告人及び弁護人と検察官が連署した書面を作成する。)。
・ 検察官は、証人尋問において、当該証人がその尋問結果に基づいて刑事訴追を受け、もしくは有罪判決を受けないこととする免責決定を受けた上で、尋問を実施することができるものとする。

③ 通信傍受(盗聴)の合理化・効率化

・ 対象犯罪を現行の4類型(薬物事犯、集団的密航等出入国違反、武器製造法・銃刀法違反等及び組織犯罪法所定の組織的殺人・同未遂)に、現住建造物放火・同未遂、殺人・同未遂、傷害・傷害致死、逮捕監禁・同致傷、未成年者略取誘拐をはじめとする誘拐関連事犯、窃盗・強盗・強盗致傷及びこれらの未遂、詐欺・恐喝等及びその未遂、爆発物取締罰則所定の爆発物使用・同未遂、児童買春・児童ポルノ法違反など犯罪のうち一定の組織性をもって遂行される場合を追加する。
・ 自動的に通信傍受(盗聴)を記録する装置し、再生することができる装置(「特定装置」)を用いる場合に、記録、再生、廃棄についての簡便な手法を導入する。

④ 身柄拘束に関する判断の在り方についての規定の新設

・ 裁量保釈(刑事訴訟法90条)の判断にあたっての考慮事情を明記する。

⑤ 弁護人による援助の充実化

・ 被疑者に国選弁護人を付する範囲を、現行の死刑、無期若しくは長期3年を超える懲役・禁固の法定刑の定めのある事件で勾留状が発せられている場合から、勾留状が発せられている全ての場合に拡大する。
・ 弁護人の選任の申し出ができる旨の教示を拡充する。

⑥ 証拠開示制度の拡充

・ 公判前整理手続に付された事件において、検察官は証拠の取調べ請求をした段階で、弁護人・被告人の請求があったときは取調べ請求をした証拠以外の手持ち証拠の一覧表を交付しなければならないこととする。
・ 現在は、公判前整理手続に付するかどうかは裁判所の職権事項であるが、検察官、被告人若しくは弁護人に公判前整理手続の請求権を付与することとする。
・ 公判前整理手続で検察官が証拠調べ請求をした段階で被告人若しくは弁護人が証拠開示請求できる対象証拠を拡大する。

⑦ 犯罪被害者及び証人を保護するための方策の拡充

・ ビデオリンク方式による証人尋問の拡充
・ 証人の氏名・住居の開示を制限する措置の導入
・ 公開の法廷における証人の氏名等を秘匿する措置の導入

⑧ 公判廷に顕出される証拠が真正なものであることを担保するための方策等

・ 証人の不出頭、宣誓・証言拒絶の罪の法定刑を重くする。
・ 証人の勾引を可能とする。
・ 犯人蔵匿等、証拠隠滅等、証人等威迫、組織的犯罪に係る犯人蔵匿等の罪の法定刑を重くする。

⑨ 自白事件の簡易迅速な処理のための方策

・ 利用頻度の少ない現行の即決裁判手続の利用を促進するための措置

                                 (続く)

「刑事司法改革法案」に異議あり (その2)



 法制審議会「新時代の刑事司法特別部会」(特別部会)での、刑事司法改革問題の審議の進み具合を見ていきましょう。

 残念ながら、すでに江田法務大臣(設置当時)のアジエェンダ・セッティング(諮問事項)において「取調べ及び供述調書に過度に依存した捜査・公判の在り方の見直し」という抽象的で曖昧な表現がなされており、それは多義的に解釈されてしまうという弱点が孕まれていました。このため、事務当局(法務省)と検察関係、警察関係の委員ら及び一部の刑事法学者委員ら(以下では、これらの人たちを「反改革勢力」ということとします。多数派と言っていいでしょう。これに対し日弁連委員らとこれと大筋において共同歩調をとった村木氏・周防氏をはじめ有識者委員及び一部学者委員らを「改革勢力」ということとします。こちらは少数派ということになるでしょう。)による、改革抑え込みと捜査の多様化・合理化の名分とする捜査本位の反改革ための執拗な策動が繰り広げられることとなってしまいました。

 弁護人の立ち合い権保障については、意見の隔たりが大きく合意を得ることが困難であるとして、早い段階でふるい落されてしまいました。取調べの可視化(録音・録画)については、全事件、全過程にわたり実施をするべきだという改革勢力の訴えに対し、反改革勢力から、対象事件をごく一部に抑え込み、かつ取調べ過程の一部分(弁解録取書の作成と供述調書作成の最終段階である読み聞かせ(「読み聞け」といいます。)と署名)のみの義務付けに限定し、あとは取調官の裁量に任せることとするなどというように猛然たる巻き返しがなされました。証拠開示制度についても、全面開示への抜本的制度改正の要求と現行制度を前提とした一部手直し論との攻防、あるいは再審手続における証拠開示制度をもうけるかどうかをめぐっての対立・攻防がありました。

 さらに調書裁判から公判中心主義への転換に関して言えば、反改革勢力は、その名分を逆手にとって巧妙なカウンター攻撃に転じました。彼らは、通信傍受(盗聴)を会話傍受(盗聴)にまで広げ、さらに対象犯罪を現在の4類型(薬物事犯、集団的密航等出入国違反、武器製造法・銃刀法違反等及び組織犯罪法所定の組織的殺人・同未遂)から大幅に拡大し、傍受方法も大量かつ長時間の継続的傍受を可能とするように合理化して令状主義を骨抜きにすること、さらには共犯者らに刑の減免や免責をエサに供述を引き出し、捜査・公判に協力させるための制度を導入すること、など捜査の便宜に資する方策を提起し、採用をさせようとしたのです。

 特別部会の終盤にあたる2014年3月27日には、無実の死刑囚袴田巌さんの再審請求事件について、静岡地裁が再審開始決定を出しました。その決定において前回述べた再審事件の上にまた同様な構造(身柄拘束を利用した密室での取調べによる虚偽自白の強要及び証拠捏造と証拠隠し)の冤罪で、人の一生が台無しにされた事実が白日の下にさらされることになりました。しかるに反改革勢力の動きはそれによっても何らブレーキがかかることはありませんでした。

 ところで、特別部会においては、答申案の採択は、個別の問題ごとに賛否を問うのではなく、各論点一括して賛否を問うという枠組みが設定されてしまいました。これでは、ある論点には賛成、ある論点には反対という場合、反対の論点には目をつぶって答申案に賛成するか、賛成の論点も泣いて切り捨て答申案に反対するかどちらかしかなくなります。しかも事務当局は、全会一致で答申案を上げることとしていましたから、答申案に反対すれば結局答申案は成立しないことになってしまっていたのです。このようなルール設定により、反改革勢力と改革勢力の攻防が展開された特別部会は、各委員の自由な討論、意見表明及び最終態度決定に大きな制約がかけられることになってしまったのです。

 そのような困難な状況のもとで、改革勢力は次第に押されて行き、取調べ可視化(録音・録画)については、小さく生んで大きく育てるというたとえの如く、対象事件の範囲は限定されても、ともかく取調べの全過程にわたり実施させるということに重点を置くこととするなど、将来の確かな発展へつながる第一歩を確保しようとの守りの姿勢に転じることを余儀なくされました。証拠開示制度についても、全面開示は諦め、日常の弁護活動において少しでもプラスになるようにする、あるいは弁護活動の実践を通じて全面証拠開示を実現させていく足がかりを獲得することに目標を移して行くことになりました。さらに反改革勢力による捜査手法拡大のためのカウンター攻撃に対しては防戦しつつ譲歩をすることを余儀なくされました。

 こうして特別部会においては、はやばやと全事件・過程の取調べを可視化(録音・録画)する、証拠全面開示制度を導入する、調書裁判から公判中心主義への転換という今次刑事司法改革の根幹ともいうべき目標は放棄され、それらを限定的な範囲と低いレベルの改善にとどめつつ、他方でそれに対する見返りとして検察・警察が、使い勝手がよく効率的な捜査の武器をどれだけ獲得するかという逆立ちしたバーゲニングの場となってしまったのです。

                                 (続く)

「刑事司法改革法案」に異議あり (その1)


 本年3月13日、「刑事訴訟法等の一部を改正する法律案」(以下「刑事司法改革法案」といいます。)が閣議決定され、今国会に提出されました。その後、5月19日に、衆院本会議で趣旨説明と質疑が行われ、審議入りしています。
 刑事司法改革法案は、「戦争法案」の陰に隠れてあまり注目されてはいませんが、わが国の刑事司法に大きな歪をもたらし、ひいては国民の人権に重大な悪影響を及ぼす極めて問題の多い法案です。
 私たちは、もっとこの法案を知らなければなりません。そこで以下、何回かにわけて刑事司法改革法案をとりあげることにします。

 まずは刑事司法改革法案が今国会に提出されるに至った経緯を整理しておきたいと思います。

(発端について)

 2009年6月、大阪地方検察庁特捜部は、自称障害者団体「凛の会」による郵便不正事件(郵便の障害者割引制度の不正利用)に関連し、厚生労働省雇用均等・児童家庭局長(当時)村木厚子氏を、虚偽有印公文書作成・行使罪の容疑で逮捕し、同年7月、大阪地方裁判所に起訴しました(以下「村木事件」といいます。)。
 村木氏は、同年11月24日、保釈決定により釈放されるまでの間、実に約5ヶ月にもわたって勾留により身柄拘束をされたまま公判に臨みました。
 村木事件の公判審理において、主任検事前田恒彦が村木氏の部下らから虚偽供述をさせていたばかりが重要な証拠を改ざんしていたことが判明、同事件は前田検事の見込みにあわせて捏造されたものであることが明らかになりました。また同検事による村木氏に対する強引で詐術的な取調べも暴露されています。
 翌2010年9月、大阪地方裁判所判決。当然のことながら、村木氏には無罪の言い渡しがなされました(検察側の上訴権放棄により確定)。この村木事件の決着とともに、最高検察庁は、前田検事を証拠隠滅容疑で逮捕、上司の大阪地方検察庁特捜部長と同副部長らも前田検事の証拠改ざんを知りながら隠ぺいしたとして犯人隠避容疑で逮捕、いずれも起訴しました。
 それだけにとどまらず関連事件の被告人の公判で、前田検事とともに郵便不正事件の捜査にあたっていた別の大阪地検特捜部検事が脅迫的取調べを行ったことが認定され、同検事取調べに係る被告人の供述調書12通の証拠取調べ請求が却下されるというおまけまでつきました。
 ごうごうたる検察非難の嵐。その嵐の中で、二度とこのようないまわしい事件を生まないようにするための試みが開始されたのです。

(「検察の在り方検討会」)

 2010年11月、上記の試みの第一歩として、法務大臣の私的諮問機関として「検察の在り方検討会」が設置されることになりました。検察の重大犯罪というあり得べからざる事態の中、急遽スタートした同検討会には、作家や評論家、ジャーナリスト、刑事弁護人として声望高い弁護士なども加わり、村木事件をはじめとする一連の郵便不正事件における検察の犯罪の再発防止だけではなく、氷見事件、足利事件、布川事件等の再審事件や踏み字をはじめ心理的圧力をかけて自白を強要した志布志事件など噴出した刑事司法の諸問題をも検討の俎上に乗せ、抜本的改善への提言がなされることが期待されました。

 これらの事件を通じて浮き彫りになってきた刑事司法の問題点は、なんと言っても密室における取調べ、とりわけ身柄拘束を伴う取調べによる自白、虚偽供述の強要であり、そうした取調べによって得られた供述調書に依存した公判の在り方であり、さらには検察による証拠隠しなどでした。従って、同検討会において議論、検討されるべき中心課題は、それらをいかに改めるかということでした。それはとりもなおさず、日弁連が長きにわたって提唱してきた取調べの全面可視化(全事件の取調べの全過程の録音・録画)、弁護人の取調べ立ち合い権の保障、調書裁判から公判中心主義への転換、捜査当局手持ちの証拠の全面開示などである筈でした。

 ところが同検討会では、検察関係、警察関係及び一部の学者委員らの消極的姿勢もあって、議論が拡散し、明確で確かな改革の方向性を打ち出すことは困難な状況に陥りました。
 それでも2011年3月に法務大臣に提出された提言書では、「捜査・公判の在り方については、被疑者の人権を保障し、虚偽の自白によるえん罪を防止する観点から、取調べの可視化を積極的に拡大するべきである」、「検察の在り方を考える過程で、捜査における供述調書を中心としてきたこれまでの刑事司法制度が抱える課題を見直し、制度的にも法律的にも解決するための本格的な検討の場が必要であるとの認識が生まれ、直ちに検討の場を設けて検討を開始するべきである。」などとする提言がなされました。

(「新時代の刑事司法特別部会」)

  「検察の在り方検討会」の提言を受けて、2011年5月、当時の江田五月法務大臣は、「時代に即した新たな刑事司法制度を構築するため、取調べ及び供述調書に過度に依存した捜査・公判の在り方の見直しや、被疑者の取調べ状況を録音録画の方法により記録する制度の導入など、刑事の実体法及び手続法の整備の在り方」についての審議・答申を求め、法務省・法制審議会の下に「新時代の刑事司法特別部会」(以下単に「特別部会」といいます。)を新設しました。

 特別部会には映画「それでもボクはやってない」で名を馳せた映画監督の周防正行氏や上記事件で濡れ衣をかけられた被害者の村木氏など異色の経歴をもつ人たちも非法律家有識者として委員に加えられ、新時代の刑事司法というにふさわしい刑事司法改革を実現するために新風を吹き込むことが期待されました。

 実際、その期待を担って、周防氏や村木氏ら有識者委員5名は、度々貴重な問題提起を行い、そもそもの原点から逸脱しがちな議論を、原点に回帰させるために、ときには共同で意見書を提出するなど重要な役割を果たし続けました。特に村木氏は、自己の経験に基づいて次のように語り、現在の取調べと公判の問題点を鋭く抉り出し、その改善を図るべきことを強調し、特別部会の審議に大きなインパクトを与えました。

・ 取調官は、被疑者が供述したとおりに供述調書に記載するわけではなく、取調官が想定した供述内容をもとに調書を作成する。
・ 内容虚偽の供述調書が大量に作成される。
・ 被疑者と取調官との間には圧倒的な力の差があり、一人で対峙するのは困難、である。
・ 現行の証拠開示制度は、検察、警察がどういう証拠を持っているか分からない中で証拠開示請求をしなければならず、被告人・弁護人にとって困難を強いるものである。
・ 身柄拘束が自白の強い誘因になるような運用が行われており、虚偽の供述、虚偽の自白の原因となっている。
・ 刑事訴訟法321条1項2号により、検察官の面前で作成された事件関係者の供述調書があるとき、その事件関係者が後に証人として公判に出廷し、供述調書で述べたことと異なる供述をしても(つまり被告人・弁護人側が検察官の立証を切り崩したときでも)、検察官が当該供述調書を証拠請求すると、簡単に採用されてしまう。これによっては公判での成果が打ち消されることになり、公判中心主義に適合しない。

                               (続く)

「慰安婦」問題の記事に藉口した言論抑圧を弾劾する

 雑誌『世界』2月号に掲載された元朝日新聞記者植村隆氏の手記『私は闘う』を読んだ。サブタイトルに「不当なバッシングには屈しない」との決意がしたためてあるが、心底から激励と連帯の声をかけたくなった。植村氏に浴びせられた一連の攻撃は、単なるバッシングではなく、明白な犯罪行為にあたる。
 その中心に位置していたのは『週刊文春』の記者某であった。彼の取材にかこつけてした行為はわが法治国家においては許されるべきことではないし、彼が書いた『週刊文春』記事の内容も誹謗中傷の類で、侮辱、名誉毀損以外のなにものでもない。

 「この記事をめぐっては現在までにさまざまな研究者やメディアによって重大な誤り、あるいは意図的な捏造があり、日本の国際イメージを大きく損なったとの指摘が重ねて提起されています。貴大学は採用にあたってこのような事情を考慮されたのでしょうか」。昨年1月27日、『週刊文春』記者某が神戸の松蔭女子大学に送りつけた質問状からの抜粋だ。

 ここに、この記事とあるのは、植村氏が書いた1991年8月11日付朝日新聞大阪本社版の社会面トップに載った記事をさしている。これは、匿名の韓国人元「慰安婦」の証言を報じたものであった。これが報道された後、その匿名の元「慰安婦」は実名で記者会見し、これに勇気をもらった韓国人元「慰安婦」らから次々と証言が寄せられるようになり、韓国において「慰安婦」問題は大きくクローズアップされることになったのであった。
 この記事は今から振り返れば若干の不正確さを指摘できるかもしれないが、大筋において間違いはなく、捏造などという非難は到底あたらない。むしろ先のアジア太平洋戦争にまつわる史実を掘り起こし、わが国の戦後処理の問題点を明らかにするとともに、植民地や占領地域における戦争犠牲者の声を闇から拾い上げ、戦争責任を今に問うというジャーナリズムの本道をいく記事であったといえるのである。

 この記事が報じられた1991年8月以後、「慰安婦」問題は、国内外において、政治・外交の場面で、あるいは裁判の場面で、多くの証拠資料がつきあわされ、その実相が浮き彫りにされてきた。「慰安婦」とは、いまや、植民地や占領地において、甘言、欺罔、強迫、人身売買その他一部には有形力の行使により駆り出され、日本軍の強制下において、日本軍兵士らの性欲処理の道具として使役された性奴隷であったことが明らかになっている。
 「慰安婦」問題は、河野談話を産み、一定の解決への筋道も用意されたが、わが国の真摯な謝罪と慰謝の措置があいまいにされた状態での解決には応じられないとの元「慰安婦」の対応や韓国世論の突き上げの中で、いまも日韓の重要な懸案事項となっている。
 その長い「慰安婦」問題史において、植村氏の書いた記事は、一つの過去のエピソードとして名残を止めているに過ぎなかった。状況はずっと先に進んでいたのであり、特定の意図をもった人たち以外には、これを掘り返すようなことはしないであろう。特定の意思を持った人たちとは、「慰安婦」問題を打ち消し、日韓の緊張と対立を煽ることに存在意義と利益を見出そうとする右派政治家、右派政治集団及び右派ジャーナリズムである。

 植村氏の書いた記事に、『週刊文春』記者某は、執拗にくらいついた。あろうことか植村氏を教授として採用したことが間違いであることを示唆する上記の質問状を松蔭女子大学に送りつける一方で、そのころ既に『週刊文春』誌上に載せる記事を書いていた。
 昨年1月末発売の『週刊文春』2月6日号は嫌韓特集を組んでいた。その中の一つの記事が彼が書いたものである。そこで彼は、「“慰安婦捏造”朝日新聞記者がお嬢様女子大教授に」との見だしで、植村氏の書いた記事を「捏造」と決め付け、「本人は『ライフワークである慰安婦問題に取り組みたい』と言っているようです」と、全く事実無根のことを書いたのである。ネット上では、植村氏バッシングが広がった。その火付け役となったのは「チャンネル桜」に流された「逃げるな!朝日新聞・植村隆記者よ」という番組であった。なんとそこに登場したのは、植村氏を朝日新聞函館支局に訪ねて『週刊文春』記者某と行動をともにした女性ジャーナリストだったという。なんと周到な仕掛けをしくんだものだろう。

 植村氏は既に松蔭女子大学の教授となることが決まっていた。『週刊文春』記者某は、植村氏の採用を取り消させることを意図したとしか考えられない。実際、同大学に抗議の電話や、採用を取り消すように要求するメールが殺到する。中には「街宣活動」をするとの脅しさえあったという。
 そのような渦中に巻き込まれた松蔭女子大学側は、そのような攻撃と闘う道をとらず、植村氏に採用辞退、即ち雇用契約の任意解除を求めてきた。これに対し、植村氏は、大学側も被害者と考え、やむなくこれを受け入れたのであった。

 しかし、それでことは終わらなかった。今度は、植村氏が非常勤講師をしている北海学園大学に鉾先が向かったのである。植村氏を切れといういやがらせの電話、メールが殺到した。北海学園大学に脅迫状を送った男が検挙されたことも昨秋報道されている。だが驚くべきが、植村氏の手記で明かされた。かの『週刊文春』記者某は、昨年8月1日、「(植村氏につき慰安婦問題記事で重大な誤りが指摘されているとして)大学教員として適性に問題はないとお考えでしょうか」という質問状を送っていたのである。これは松蔭女子抱く学への質問状と同じく植村氏をやめさせることを意図したものとしか考えられない。

 幸い植村氏への支援の輪が広がり、大学側は、一時動揺したものの今は不当な嫌がらせに屈しないとの態度を固めているとのことである。また植村氏に対する法的なサポート体制も中山武敏弁護士を筆頭に多数の弁護士が結集して弁護団体制が組まれているとのことである。
 植村氏とご家族の平穏を祈ってやまない。そのためには不当な攻撃を跳ね返す多くの人々の励ましと、言論抑圧は許さないとの世論の盛り上がりが必要である。

 『週刊文春』記者某の一連の行為は、取材の自由、表現の自由の範疇におさまるものではなく、偽計による業務妨害、名誉毀損に該当する犯罪行為として適正な法的制裁を受けるべきである。このようなことを決して許してはならない。
同時に、最近の一部週刊誌は、売れれば何でも書く。明らかにジャーナリズムの一線を越えている。恥を知れと言いたい。(了)
プロフィール

深草 徹

Author:深草 徹
1977年4月、弁護士登録。2013年4月、セミリタイア。
「これからも、社会正義の話を、青臭く、続けよう。」

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